Toma Que Toma !
広瀬麻奈 Mana Flamenca の日々是好日
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お能とフラメンコと書と
久々のフラメンコ日記。
今年は、ちょっとばかし人生が忙しく(苦笑)
なかなか、どぷっとフラメンコに浸かれないのが
少々悔しい。でもその分目に見えない栄養を沢山
戴いています。

そんな、栄養の一つ。

この連休は今年で参加してから4回目となる
古代文字アートの展覧会でした。

今年は主宰の天遊さんの独立5周年、そして天遊組
も5周年を迎えるという事で、これまでにない気合
いの入ったイベントになりました。

作品作りはもちろん、夜のイベントが三日三晩スペ
シャルゲストを迎えてのトーク&ライブパフォーマンス。
ご縁をたぐり寄せて集ってくださったのは数学者の
上野健爾先生、シンガーの原順子 with Kano Osuke、
そして最後は金剛流シテ方の宇高通成先生。

それぞれに、本当に興味深い方々ばかりでもっと色んな
お話や、歌声を聴きたかった〜。

中でも舞をなさる宇高先生のお話はやはり芸を究めた方の
シンプルだけど奥深いお話は全てに通じるものだったなあ。

「稽古は本番のように、

そして本番は稽古のように

すればいいのですよ。」


とてもシンプルで優しい言葉なのに、真の言葉。

本番だ、練習だと山谷を作らず、常に集中力をもって
踊る。

そういうことなんですね。

そして、呼吸法の時にさりげなく「まずは吐いて。」

吐くから入ってくると、既に意識はあったものの、つい
まず、吸い上げてしまう。そうすると確かに横隔膜から
下に気が入らない。まずは、吐く。すると炭田にぐっと
力が入る。この感覚、すごく大切な気がする。

私は以前、お能に関わってお仕事をしていた時期があり
2年8ヶ月と短いながらも、とーっても濃い時間だった。

その延長線上にフラメンコと出会ったこともあり、私の
中でお能とフラメンコは根っこで繋がっている。

清濁あわせもって和となす。
喜怒哀楽すべての心と魂への生命讃歌。
不条理の中に生きる人々の叫び、そして発露。
舞うもの、観るものの中に起きるカタルシス

そんなことが共通している様に思うのだ。

そんな感覚がこの呼吸を通して繋がった気がした。
ぐぅっと込めて、何かがわき出してくるのを待つ。
そして、ジャマーダ〜レマーテへ!
序破急だよね、これ。

そして思えば、書も同じだ。
悶々となかなか出ない「線」を求めながら書き続け
呼吸が通った時にずばっと「線」が顕われる。

能とフラメンコと書と。

少しずつ私の中でぐるりぐるりと混ざり出したかな。
このまま私の「LINE」を繋げつつ、精進、精進。


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自由を求めて
マエストロといっても、今日は短大時代の恩師の言葉。
昨夜、久々に同級生達と先生を囲んだ席でのこと。
以前、その同級生に先生が何げなく言った言葉で、その
彼女が今でも忘れられないという一言。

自由を得るには「力」が必要なんだよ。

当たり前のようでいて、とても新鮮なこの一言は
なんか、ずーっとテーマになっているところの核心を
突いた。

旅する建築家であり、漂いながらも数々の良質な作品を
作るその人は時間と空間の「自由」を巧みにあつかう。
それは場だけでなく、人と人との空間も。

学生時代から社会に根を生やすまでの20代、私は
この師の影響をばっちりうけて旅をしては、漂う時間を
得た。

でも、師のように「自由」を扱うなんてとてもでき
なかったな。なんとなく、理由は漠然と分かっていた
けれど、この一言が明快に表している。

なるほどね。若い私にはその力がなかったのだな。
自分を信じて生き抜いていく力、そしてもちろん自分の
中にあるものを表に出していくなんらかのテクニック。

誰にでもきっとある大きな羽。その羽根を広げて自由に
羽ばたくにはそれを動かす筋肉や「飛ぶ!」という意志も
必要なのだよね。

漂うことから、根を張る時間を経て今。
いろんなことに夢中になる時間でもあったけれど、私は
この「力」をひたすら求めてきたのだと思う。

今、自分の中で一番わかりやすいのは、これを
フラメンコに置き換えること。

最近、プロフェッショナルと呼ばれる方々の踊りを
立て続けに見て、その力の圧倒的な存在感を目の当たり
にした。思うままに踊るその姿を支えているのは
ちょっとやそっとの努力では得られないその力、
それなのですよね。

圧倒された直後だけに、このマエストロの一言も効き
ました!

多分、究極の自由は肉体を離れる時なのかな。
それまでは、ひたすら求めていく時間なのかも。
でも、それが明らかに自由への道ならば、楽しめるなと。
そして、その自由がどんな感覚なのか、ワクワク
想像しながらね。

。。。全てのことに。
何気ないところを大切に。
来週から二週間月曜日の松丸ソレアクラスは夏休み。
宿題とともに自主練できるように、課題がてんこ盛り。

今日は、頭からエスコビージャの山場のところまでを
とりあえず、おさらいして、百合さん不在の間の練習に
道筋をつける・・・予定だったけれど、タイムリミット
で2歌の途中まで。

でも、十分に見直す事が山ほどある。

今日の印象的なコトバは、何気ないところに意識を向ける
ということ。ちょっと派手な動きや一つの流れの中にある
振りは、自ずと気をつけるもの。でも、それらを繋ぐ所が
あいまいになりがち。コンパスとコンパスのつなぎ目の
アイレ。ここを途切れさせない為には・・・と丁寧な説明。

見本の動きには一寸の迷いも無く。
まずは、一つ一つの動きに対してのブラソやマノ、腰、重心
頭、視線。。。次々とそれぞれの必然的な位置が定まり
その人のその体の正解に近づいて行く。

その動きを確かめる中で、歌が体に流れて沸いてくる
エネルギーをつかむ。

その、目に見えない体にまとわりつく空気感と共に踊る事。

呼吸とともに生まれてくるアイレを逃さない為には、
つなぎの部分をおろそかにしないで。と。

ヨガのように、踊るほどに気持ちよくなる(はず!)。
体の内と外のエネルギーの循環を軸にした振付けは、無理
がなく、ここちよい。

今は百合さんや仲間のアイレに助けられているけれど
このエネルギーを自家発電する為には、やはり繰り返し
動いてみるしかない。

そうして行くうちに、迷いの無い動きになる。

またしても、生きる事と繋がるマエストロのコトバなり。
¡Sorpresa!
今日は備忘録。

6月に待望の来日をした際に受けたファルキートの
クルシージョは、とっても充実していて、振付けや
テクニカはもとより、本当に宝物のようなコトバが
彼の口から溢れ出ていた。

そのコトバの備忘録。
ひとつめ ”¡Sorpresa!” 〜驚き〜

自分に¡Sorpresa!を与える事がとても大切と。

ブレリアの歌がどこかから聞こえてきて、自分の中に
そのコンパスが回り出し、ここ!というところで
ちょっと足をすくってマルカヘに入って、ブレリアの
リズムの環に入って行く。

その、すっと足を引くさりげない始まり、これが
自分に¡Sorpresa!を与えるということ。

奇抜なことをやるという事ではなく、ふっと、自分の
体や意識に、行くよ!とスイッチを入れるということ。

ここでは、ブレリアのクルシージョだったから、歌の
途中から自分にスイッチを入れる瞬間のことを言って
いたのだけれど、全てのヌメロにも言える事でしょう。

自分を驚かしてスイッチを入れる。

そのさりげないパソの意味深さよ。
きっと、その意味を意識して、改めてこれまで習った
振付けを見直してみたら、いろんなことが見えてくる
のでしょう。

そのスター性をいい意味で裏切るシンプルなメッセージ
の数々。しっかりと、自分の中に刻みたい。

備忘録、気まぐれに続く。


何かが起きてくるのを待つ!
調子に乗って今日も書いちゃう。
レッスン備忘録。

「動いてない時は何もしてない訳じゃなくて
じっくり、意識的に動かそうとしていない時に起こる事を
感じて、それを掴む、ということが大事なのです。」

今日は私の師匠の一人、松丸百合さんのソレアレッスンでの
コトバ。

どんなヌメロだって、このことは大切だと思うのだけれど
特にソレアはこの感覚が大切だと思う。

ギターや歌を聴きながら、同時に自分の内側を聴いて、
待つという感覚。踊りが頭の中から体に降りてくる時。
この瞬間を待つ事ができず、あるいは、コンパスがわから
なくなってしまうのではないかという不安で体の内側の声
ではなく、頭でコントロールしまいがち。すると、やっぱり
振付けを踊るところから出られない。

ということを、頭で理解しつつ、今夜も鏡に向かいながら
いつの日か、その瞬間が来るのを期待して。

しかし、ソレアはやっぱり好きだなあ。。。
早く、踊りたい!!


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